やればできる
あるとき、わたしはまた悪さをする。
とにかく動けないのだ。
このままだと床擦れをおこすのではないか。
お袋の最後を思い出していた。
なにか心配になる。
「このままでは右腕が壊死をして右腕上腕部から切断」
「もっと壊死がひどくなるようなら命を落とす」
などと言われても、それでいいと思っていた。そして、早く死にたいとも
考えていたのに、お袋の末期にずっと仰向けに寝ていたせいで、後頭部はうっ血し
白い枕は血で染まり、身体も背中がうっ血してひどくかわいそうな状態だったから
「あれはイヤだ」とまったく道理のいかない感情になってしまっていた。
そうなると動けないと思うと無償に動きたくなった。
看護師が足首に革手錠を施しているときに見ていた。
鍵は磁石で開けることを。
車に詳しい方なら同じような仕組みをご存じだろう。
防犯のため、アルミホイールに磁石の鍵があり、丸い磁石を上手に当て回すと開錠ができるものを。
革手錠した際、病棟の看護師は鍵の部分を壁にペタッとくっつけたのだ。
「あれが鍵だ」
ここはあまり見廻りはない。
手錠はベットとつながれている。
点滴のスタンドとベットを少しずつ少しずつ、それは器用に壁に近づける。
時間はたっぷりあるのだ。
どのくらい時間がかかったのだろうか。
首尾よく壁にたどり着き鍵をゲットできた。
そのまま、ゆっくりと元の位置にベットを戻す。
また、気の遠くなるような移動。
定位置の部屋の中央に戻った。
自由の利く右腕。
指の感覚はほとんどない。
少しだけ動く右手小指と薬指に磁石の鍵を持たせる。
ただでさえ動けない。そのうえ、不自由な指。指がつりそうだ。
何度も床に落としてしまう。
そのたびに苦労してアクロバット曲芸を繰り返した。
そしてやっと革手錠の鍵にたどり着き外すことに成功した。
右足が自由になった。
「自由ってこんなに素晴らしいものなのだ」
「やればできる」
そのときはそんなふうに思ったものだ。
何の変化もない部屋でのわたしにとっての変化だったのだ。