Partly cloudy with rain

奈落の底からサラリーマン。何とか部長をやってます。

冷たい壁

出来るだけ早く建てたかった。

親父の思い、嫁の思い。

そんな思いで住宅メーカーを決め、1ヶ月足らずで入居することができた。

自慢のマイホームだった。

各所に自分なりの愛情とこだわりを持っていた。

だが、住んでから約1ヶ月でこんなことになってしまった。

 

はじめての地検からの翌日、わたしは取り調べを受けることになる。

取調室。

テレビや映画での情報。

カツ丼なんて出てこない。

 

刑事が2人。狭い部屋にスチール机。

刑事の1人は座り、もう1人は立っている。

取り調べの問題から取調室の扉は開けたまま。

閉鎖空間での問題行動を避けるためだろう。

わたしの“事件”はシンプルなのだろう。

聞かれることは確認事項。

 

赤いプラ製の誰か使ってるか分からない、ハミガキで使うようなカップ

コーヒーを入れてきてくれた。

カツ丼はない。しかし、浮世離れしている者には魅力的なのだ。

あとで分かることだが、ヤクザ屋さんのそれや、ずいぶんと慣れた人には、

「面倒見」という慣わしがあるらしい。

留置場にいるととにかくなにもすることがないのだ。

だから、長いこと囚われの身のヤクザ屋さん、常連さんは時に外に出し何事もないがコーヒーを出したり

お菓子を出したりして時間を使うことがあるということだ。

 

わたしはというと“現場検証”ということで取調べのあと、外に出された。

 

車から出された。

腰縄に手錠。手錠には布製のカバーはかかっているが異常感は拭えない。

ましてや腰縄をしているのだ。

ご近所さんに見られたら・・・

などと今の自分の境遇からすると本当にどうでもよいことを考えてしまう。

事前に連絡しているのだろう。

子供たちはいない。

嫁が対応する。

家だ。

 

帰りたい。。。。

 

また、普通に暮らしたい。日常に戻りたい。

 

そんな思いがよぎる。

 

しかし、現実は厳しい。

 

線香をあげることを願うと

「何、いってる!そんなことしている場合ではない!」

手錠の手で手を合わすと

「何やってるんだ!」

と恫喝された。

マイホームを懐かしむ時間も、嫁と話す機会もない。

どこで何をしたか、そこでそうしたのだな。

指を指せ。

写真を撮られる。

そんなことの繰り返し。

「自分の家なのに何もできない」

もう、この家はわたしの家ではないのか。

そんなことを考えるでもない時間が過ぎ、

気がつけば、また汚い絨毯、冷たい壁。自分では開けられない鉄格子。

あまり知らない同衆の元にいる。

わたしは刑務官に見えないところで冷たい壁に向かって頭を打ち付けた。

何度も。何度も。