Partly cloudy with rain

奈落の底からサラリーマン。何とか部長をやってます。

隔てるアクリル


家のそば。

一夜を別の警察署で過ごし、所轄の警察署に戻ってきた。

基本的な動作は、同じ。

違うことは部屋の構造。

監視がしやすいように、看守警察官の持ち場を中心に部屋が扇型に広がっている。

したがって部屋の形は、安売りしているバウムクーヘンの片割れみたいだ。

今が昼なのか、夜なのか、今となってはどうでもよいことだが、外、空を見る機会がないためよく分からない。

ただ、まだ、普通に暮らしていた日々の日常として、決まった曜日の夕暮れ時になると、

灯油を売りに来るトラックがきたことを知らせるためオルゴールの音楽をならしていた。

今や、外の状況は分からないがそま灯油トラックの音楽で夕方であることが分かった。

そして、同じ風景で流れているであろう、音楽が今わたしがいる状況に響き、余計に苦しく悲しくなった。

留置場の夕飯は、早い。

16時ころには済ましていたのではないだろうか。

相変わらず、わたしは食事に手をつけない。このまま死んでしまってもよいと本気で考え始めていた。

食事の時間のあと、刑務官に呼ばれる。

鉄格子の扉が開き、外に出る。いなや身体検査をされる。

ゴム草履を履き、留置場を出る。

もちろん、手錠と腰縄をしている。

何も考えていない。

警察官が扉を開ける。

面会室のようだ。

小さい部屋。アクリル板がある。わたしら昔の人間なら覚えがある。

駅のキップ売り場の風体だ。当然キップをやり取りできる小窓などない。

あるのは空気口のような丸い無数の穴。

その向こうには、嫁が座っていた。そして泣いていた。

面会時間は15分だという。

わたしも席に着くと堰が切れたように泣き崩れてしまった。

それでも嫁は着替えや歯ブラシ、タオルなどを入れてくれたという。

警察の指南とは言えとてもありがたいことである。

いろんな話をしたかった。けれどできない。お互いに会話にならない。

そしてあっという間に15分間は過ぎてしまった。

次の日も面会に来てくれた。

だらしなく、女々しいわたしはまた泣いている。

しかしこの日、嫁は机上にふるまってくれた。

弁護士をどうするか。

「弁護士?」

身近な存在ではなかったものが急に近づいてきた。

身勝手なわたしは

「早く出してほしい」

「いくらかかるのか。高いのか」

「すぐに呼んで欲しい」

そんな思いがあふれる。

嫁の説明は、「知り合いの伝手で頼めるか聞いてみる」

「国選弁護人」について

説明してくれた。

今でこそ、私選弁護人、国選弁護人、東京第一弁護士会、東京第二弁護士会があることは

分かっているが、この時は何が何やら分からない。

「とにかく早く出たい」「家に帰りたい」「会社に行きたい」

 

そして会社についても説明してくれた。

会社から心配の電話がかかっていること。

無断欠勤なのだ、当然である。

嫁は、「精神的、身体的な病で会社に行けない」と説明してくれているらしい。

本当に苦労を掛けてしまった。

だから余計に早く出たいと急いてしまった。

親父の気持ちなど考えていないのだ。このバカ野郎は。