Partly cloudy with rain

奈落の底からサラリーマン。何とか部長をやってます。

尊属殺人

また、眠れぬ一夜が明けた。

慌ただしい起床のルーティーンが済むとわたしの番号が呼ばれた。

「準備をして出ろ」と言う。

言われるがまま出ると再び、手錠と腰縄をされた。

留置場内の数名が同じ状況である。

その人々と腰縄で繋がれ、言われるがまま引かれると

警察署の駐車場に出る。

するとそこには、バスが待機していた、いわゆる護送車と言われるものだ。

マイクロバスほどの大きさ。繋がれたままバスに乗り込むと車内には、同等の人々。

皆、腰縄に繋がれている。それらにドッキングされ人数を確認されると

バスは出発した。

「どこに行くのだろうか」そんなことすら思考することもなかったかもしれない。

今だからこそそんなことを思っていたことにしないと物語が進まないのだ。

 


狭い車内、窓にはカーテンがかけられている。

外を見ること見られることはない。

そのカーテンの隙間から、そして生地を透かすほどの冬の日差し。

冬特有の眩しいくらいの日差しをバスの中でも感じる。

外はきっと雲ひとつない青空なのだろう。

 


バスは別の警察署に着いた。

わたしの時と同じ作業で人々が乗ってくる。

そして出発。

そんなことを数回繰り返すと目的地に着いたようだ。

バスが何度もストップアンドゴーをしたこのでバスは満席になっている。

腰縄で繋がれた人々は順番にバスを降りてゆく。

わたしもほどなくバスから降りる。

どこかの駐車場。

そして空は見えるが地下数階の下。

紐で繋がれた人々は言われるがままゾロゾロと歩いてゆく。

いくつかの扉、エレベーターを済ませると大きな部屋に通される。

大きな広間、そしてその横にはいくつもの鉄格子の部屋。

そこの一つの鉄格子の部屋に通された。

一枚木だけの腰掛け。それがいくつものある。

そして便器と腰までの仕切りがあるだけのトイレ。

誰だか知らない人々と共に押し込められる。

鉄格子の中なのに手錠は外されないまま。

何の説明もない、誰に聞くでもない。

鉄格子の向こうではカウンターの内側で仕事をしている人々。

しばらくすると部屋にいた誰かが呼ばれ鉄格子の外に出る。

別の部屋の人も。

20分くらいだろうか、その人が戻ると別の人が呼ばれ外に出る。

部屋の人数を数えてみる。

10数名いるだろうか。これが終わらなければこの動物園のような鉄格子からは出られないのだろうと悟った。

 


寝ている人、落ち着きなくしている人。

部屋が狭い上に多数詰め込まれているので歩き回るなどはできない。

終わりのない世界のようにも感じる。

朝早くからここに閉じ込められ、どのくらいの時間が経ったろうか。

順番に何かを配り始めた。

並列の牢屋。だから隣りなどでなにをしているかは分からないのだ。

外からは一応にそれぞれが見えるのであろう。まさに動物園の動物のようだ。

この部屋の番がきた。

大きなコッペパンを2つそれぞれ配っている。

それとジャム、マーガリン、チーズなど。

パンは大きくて2つが繋がっている。アクアラングの酸素ボンベみたいだと思ったものだ。

食べるにあたり、中にいる人々の手錠を片手錠にされた。

両手錠では食べるのに困難だ。

というか、こんな時でも手錠は外されないのだ。

こんなことがあって、わたしは食事をすることがなかったが、

はじめてこのパンを食べてみた。

何故だかとても美味しく感じた。あとで分かったことだが、某刑務所で作ったコッペパンだそうで美味しくて評判だったようである。

飲み物はやかんから注がれる白湯。

全てを食べる気力はなかったが、今でもあのパンの味を忘れていない。

おそらく、これが昼食だったのだろう。午後、また、時間が流れる。

わたしが呼ばれた。

部屋を出る。腰縄に手錠。刑務官が2人横につき、廊下を歩きエレベーターに乗る。

エレベーターもわたしと刑務官を隔てる鉄格子かある。

エレベーターの扉が開く。

ずっと古い建物の中にいたせいかとてもキレイな近代的なフロアに降り立った気分だ。

部屋に通される。

広い部屋にスーツを着た人。

わたしは椅子に座らされる。

するとその人は、いきなりわたしに対して怒鳴り出した。

わたしのやったこと、お前は人殺しだと。

そして「お前がやったことは親殺しだ。昔だったら尊属殺人。死刑か無期だぞ!」と

恐怖を感じた。机の上にあるプレートを見る。

どうやら検察官らしい。

淡い記憶では確かに数年前に刑事罰の法律が変わったらしいニュースを何気なく聞いていた。確か明治時代から100経っての変更と聞いていた。

その中に「尊属殺人」もあって法改正により「尊属殺人罪」がなくなったということだ。

時間にして5分程度だったろうか。何も言えずただ罵倒された時間。

親父とわたしだけの分かること。親父とわたしの歴史。家族とのこと。

この検察官に何が分かるのか。

勝手ではあるがそんなことを考えていた。

今でもプレートにあった名前は忘れない。

 


わたしを含めひとしきりのことが終わりまた、バスに乗る。

外は暗くなっていた。