Partly cloudy with rain

奈落の底からサラリーマン。何とか部長をやってます。

黒い血と腱

わたしは思わず、部屋にある「報知器」を押した。

ここで書く「報知器」は、火災警報器などではない。

部屋の中と外とでは基本、こちらからの発信手段がないのだ。

大声は出せない。ましてや自ら外に出ることも出来ない。

そのため各部屋には小さなボタンが壁に備わり、それを押すこと部屋の外にランプが付き看守が気づく。

しばらくすると看守が来てくれるのだが、意地悪い看守はなかなか来てくれない。

この報知器は房の中にいる者にとっては命綱にもなる。

ほどなくして、看守が来てくれた。

小窓から「なんだっ」と聞く。夜中なのだ。

「すいません。血が止まりません」

布団や畳、あたり一面、黒い血で覆われている。


看守もびっくりするほどの黒い血の海。

看守も慌てたのか、そのあと何人もの看守を引き連れ房の扉を開け(扉を開けるには2人以上が必要)

わたしを病棟へと連れていく。

拘置所施設内にも先生がいる病院がある。それを病棟と呼んでいる。

24時間体制で先生が詰めている。

わたしのその状況を見た先生も驚いている様子だった。

先生は、「こりゃ、腕切断だ」という。

大げさでなくて本当にそうなると思った。

利き腕である腕。

ヘタの横好きであったギターはもう持てないな。

そんなことを思っていた。「そしてもう死んでもいいんだ」とも。

先生は自分の腕をまくり上げて、わたしの腕を両手で掴むと、絞り出すように傷口に向かって滑らせる。

下に置いてあるバケツにはおびただして黒い血。

臭いがひどい。

傷口はひどい。

開口部を広く切って開創器で開ける。

中はほぼ、真っ黒である。

そこに4、5本の黒白い棒。

右手の5本の指の感覚はほとんどない。

かろうじて小指、薬指の第二関節と第一関節が動く。

動かしてみる。

2本の棒が前後する。

これは指の腱なのだ。

映画で見た「ターミネーター」か「ロボコップ」を見ているようだ。

だが、これは現実。

ひととおりの施術をしたあと先生は、紙オムツのパンパースを出してきて1本の帯にするように

ハサミを入れた。

血が止まらないのだ。吸水性に優れた紙オムツをガーゼと包帯代わりにわたしの右腕全般をグルグル巻きにする。

巻いているそばからパンパースは黒く染まってしまう。

そんな作業を繰り返しわたしは、部屋に戻された。