Partly cloudy with rain

奈落の底からサラリーマン。何とか部長をやってます。

おわりのはじまり3

マンションのローンはまだまだ残っている。

しかしこのままでは、親父にも嫁にも良くない。

だからわたしは、実家を売って二世帯住宅を建てることを決めた。

 


色々なお金の工面。子供たちのことを考えて転校の必要がない隣町に土地を購入し家を建てることにした。

出来るだけ早く立ち上がるように、そんな住宅メーカーを探し準備を進めた。

建て始めてから約2ヶ月で新居に越すことができた。

玄関。

足を引きずり歩く親父を思い階段ではなくスロープにした。

そして、もちろんバリアフリーとした。

3階建。

1階部分はわたしの部屋と親父の部屋。そして親父の部屋のそばに洗面、トイレを設置。

2階はリビングとダイニングキッチン。お風呂、トイレ。

土地の土地形から1階にお風呂を設置できなかった。

3階は娘で息子の部屋。

子供が小さいので嫁は当面子供たちと寝ることに。

これで少しはそれぞれ気を遣わずに過ごすことができるだろう。

 


新居に越しても嫁からの親父に対する愚痴は止まらない。どうしたものか。

わたしも会社帰りに連日愚痴を聞かされるのはつらい。

しかし、親父もかわいそうだ。

そんなことを続け、新居に越してから約1ヶ月。

寒さが厳しくなってきた3連休前の金曜日。

帰宅すると嫁が言う。

「お父さん、出納帳、またつけてないのよ」

出納帳。

前述したように死んだお袋は嫁に親父のお金の使い方のだらしなさを滔々と訴えていたのだ。

わたしの感想はそんなにお金遣ってないよな、という印象。

それでも嫁が言うので出納帳をつけてどうやってお金を使っているか調べてみようと言うことになり親父も同意したのだ。

しかし同意したのにつけていないと言う。

夕ご飯を食べ、お風呂に入ったあと、親父の元に向かった。

扉を開けると暗い中、テレビを見ている。

わたしが詰問する。「どうしてつけてないのか」

親父は黙っている。

わたしもつい、声を荒げる。

すると親父はわたしに向かって近くにあったボールペンを掴み、わたしの顔めがけて

向かってきた。

わたしは以前のカッターの歯を思い出した。そしてわたしの怒りが増長した。

親父と揉み合いになった。

親父の上に乗り動きを止めるようにする。無我夢中であった。

そして怒りもあった。感情に任せて蹴り上げていた。何度も何度も。

ひとしきりのことが終わりわたしは部屋を出た。

 


しばらくした夜中。

嫁がわたしの部屋でわたしを呼んでいる。

どうしたのか。

親父の具合が悪いらしい。

部屋を覗く。

「おしっこをしたいのだが出ない。腰が痛い」そう親父は言う。

大したことはないだろうと思った。

しばらくすると再び嫁が呼ぶ

どうも尋常ではないらしい。

救急車を呼ぶ。

しばらくして親父と共に救急車に乗り込む。

そして救急病院へ。

病院では、しばらく様子を見ることになった。

そしてわたしは一度家に帰った。

 


夜中、病院から電話がかかってきた。

容体が悪化した、緊急手術をすると言う。

わたしは慌てて病院に車を走らせた。

到着すると手術が始まっていた。

どうも内臓が破れているらしい。

「おしっこが出ない」のもそのせいだったのか…

 


何時間経っただろうか。

手術が終わった。

かなり厳しい状態らしい。

ベッドで寝ている親父の横でわたしは親父の手を握った。

親父の手を握ることなどない。去年はお袋の手を、そして今は親父の手を。

生命維持装置の信号音の感覚が長くなる。

医者が施す。親父の意識は遠のく。「親父!死ぬな!ゴメン、許してくれ」

親父は薄らぐ意識の中、酸素吸入のマスクをしながらコックリと頷く。

そして声にならない声で「水…」と言う。

内臓が破れているのだ、飲めることはない。

わたしは「少し我慢な、後で飲もう」と言った。

しかし、それが最後となり戻ってくることはなかった。

愕然とした。

「終わりだ、終わった」

去年、お袋を失い、今年は親父を。それも自らの手で。

新たに建てた家。

はだ住んでから1ヶ月。

しこたまローンが残る。

子供たちは?

嫁は?

家は?

会社は?

仕事は?

 


考えても仕方ないことがぐるぐる回る。

病院の霊安室。薄暗い。

しばらくすると所轄の刑事と名乗る人物が2名現れた。

「まぁ、大丈夫だと思いますが署の方でお話を」

子供たちも来ていた。

小学高学年の女の子、低学年の男の子。

病院の裏玄関でわたしは、2人を抱き寄せた。

子供たちもわたしを抱き寄せる。

声を出さずに泣いている2人。

背中が細かく震えている。

そして「サヨナラ」と子供たちの名前を呼んだ。

これが子供たちとの最後となった。

 

次回、「逮捕」